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岐阜地方裁判所 平成2年(行ウ)10号 判決

両事件原告

加藤定嗣

右訴訟代理人弁護士

宮田陸奥男

平成二年(行ウ)第一〇号訴訟復代理人弁護士

平成五年(行ウ)第八号訴訟代理人弁護士

石塚徹

両事件被告

岐阜県知事

梶原拓

(以下、右当事者を「被告県知事」という。)

右訴訟代理人弁護士

渡邊一

平成二年(行ウ)第一〇号事件被告

岐阜県開発審査会

(以下、右当事者を「被告審査会」という。)

右審査会会長

吉田三郎

右訴訟代理人弁護士

由良久

平成二年(行ウ)第一〇号事件被告

建設大臣

野坂浩賢

(以下、右当事者を「被告大臣」という。)

右指定代理人

竹本秀明

外七名

主文

一  原告の請求をいずれも却下する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  原告

1  被告県知事の訴外瑞陵観光開発株式会社(以下「訴外会社」という。)に対する都市計画法附則四項の規定による昭和六二年一一月三〇日付け岐阜県指令建一二五号の一六のゴルフ場開発許可処分(以下「本件土地開発許可処分」という。)を取り消す。

2  被告県知事及び同審査会が原告のなした1項の処分に関する審査請求を却下した各裁決を取り消す。

3  被告大臣が原告のなした1項の処分に関する再審査請求を棄却した裁決を取り消す。

4  被告県知事の訴外会社に対する森林法一〇条の二第一項の規定による昭和六二年一一月三〇日付け岐阜県指令自保第二三号の五のゴルフ場開発許可処分(以下「本件林地開発許可処分」という。)を取り消す。

5  (予備的請求)

被告県知事がなした1、4項記載の各開発許可処分はいずれも無効であることを確認する。

6  訴訟費用は被告らの負担とする。

二  被告ら各自

(本案前の答弁)

主文と同旨。

(本案に対する答弁)

1 原告の被告ら各自に対する請求をいずれも棄却する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、訴外会社が開発した岐阜県瑞浪市土岐町及び同市釜戸町地内の約一五〇万平方メートルのゴルフ場(以下「本件ゴルフ場」という。)北東側外周部に隣接する集落に居住する者で、原告の住居は本件ゴルフ場の施設(堰堤)から約二〇〇メートルの距離にある。

2  被告県知事は、昭和六二年一一月三〇日訴外会社に対し、本件ゴルフ場用地に関し、本件土地開発許可処分及び本件林地開発許可処分を行った(以下、右の各開発許可処分を併せて「本件各開発許可処分」という。)。

3  本件各開発許可処分の違法性

(一) 都市計画法三三条の開発許可の申請にあたっては、同法に基づき具体化された岐阜県の「土地取引等における事前指導要綱」、「土地開発事業の適正化に関する指導要綱」で要求されている「開発区域及び周辺の地形等」を記載して提出することとなっている。

また、森林法施行規則八条の二では、同法一〇条の二の開発許可を受けようとする者に対し、申請書に開発行為に係る森林の位置図及び区域図・計画書などの資料の添付が義務付けられ、さらに、計画書の一部である現況図については、林野庁長官の通達により「開発行為をしようとする森林周辺の人家または公共施設の位置を示す図面」とされ、周辺の人家などに対する環境保全への配慮が明確に指示されている。

しかるに、訴外会社は、本件各開発許可の申請の基となる「土地売買等届出前協議申請書」に添付する事業計画概要書内の「開発区域の外周部から近辺の集落までの距離」欄の記載に当たって、開発区域の外周部から五〇メートルにある原告の居住する集落はもとより、その他の二〇〇ないし五〇〇メートル以内に存在する各集落も記載せず、二五〇〇ないし三五〇〇メートル離れた三集落を記載したのみで、二五〇〇メートル以内には人の居住する集落は存在しない山林であるとして前記申請書を提出した。このような虚偽記載のある同申請書の提出行為は、都市計画法、岐阜県指導要綱、森林法に違反するとともに、憲法二五条にいう「生存権の保障」を侵すものである。

(二) 農薬による人命損傷

原告の居住地区は、常に西方ないし南西方向からの風が吹き、同地区の西南西に開発された本件ゴルフ場において使用される農薬に絶えず汚染されることになる。殊に乳幼児・病弱者・老人に対する農薬の影響が大きいことは明らかであり、ゴルフ場開発に伴う農薬汚染による環境破壊が近隣住民に無断で行われることは、憲法二五条が保障する「生存権」を侵害するものである。

(三) 本件各開発許可申請過程の不当性

(1) 訴外会社は、瑞浪市長を経由して被告県知事宛に本件土地開発許可の申請書を提出したが、昭和六二年八月一八日県から、資金計画の明確化、官行造林地への農林水産省の同意書及び官有地所有者の売却同意書の取得等の事項について訂正整備のうえ、申請書を再提出するよう指示を受けた。そこで、訴外会社は、未だ確定していなかった銀行からの本件ゴルフ場開発資金の融資について、瑞浪市がその開発について積極的な推進者であるとの姿勢を示して、融資申込銀行から融資確定書を得ることを画策し、瑞浪市長との間で、市議会の議決を経ずに、同月二八日付けで本件ゴルフ場開発予定区域内の市有地(瑞浪市土岐町仲ケ平地区内の土地、以下「仲ケ平の土地」という。)の売渡しを受ける旨の「市有財産売買仮契約」を締結した。さらに訴外会社は、同月三一日融資申込銀行から、その買受代金の全額二億六六八〇万七一〇〇円を借入れて右市有地を取得し、銀行からの融資を確定させたうえ、同年一〇月二日県宛に訂正整備を求められていた事項についての回答書を提出した。

(2) そして、訴外会社は、仲ケ平の土地の実測面積が公簿面積より六万一五八九平方メートル少ないことが判明していたことから、同土地の売買契約を実測面積の一八万六三六八平方メートルとして締結しながら、その所有権移転登記の経由にあたっては公簿面積の二四万七九五七平方メートルとして手続を進めるよう瑞浪市に働きかけ、昭和六三年五月七日その旨の所有権移転登記を経由させた。これは、訴外会社において、これより前の同年二月二五日信和ゴルフ株式会社(以下「信和ゴルフ」という。)に四〇億円で本件ゴルフ場用地などを開発許認可権と共に売却する旨約していたが、その売買は公簿面積に基づいて行われることとされていたことから、前記のとおり実態のない公簿面積に基づいて所有権移転登記を経由したうえ、信和ゴルフから実態のない面積分の代金も不当に収受しようと企図した詐欺的な行為である。また、瑞浪市長も実測面積が公簿面積より少ないことを隠蔽したうえ、市議会の承認を得たもので、訴外会社の右不正行為に加担したというべきである。

(3) 訴外会社は、本件各開発許可処分を得るにあたり、国土利用計画法(以下「国土法」と言う。)二三条などに規定する被告県知事に対する「土地売買等届出申請」を行うことなく、本件ゴルフ場開発予定地である瑞浪市土岐町字八ケ頭八二六三番一五の六万九五五〇平方メートルの土地を買受け、昭和六二年一月二九日その旨の所有権移転登記を経由している。

また、訴外会社は、昭和六三年二月二五日信和ゴルフに対し、本件ゴルフ場開発予定地に、債務者を訴外会社、極度額を四〇億円とする根抵当権を設定し、その旨の登記を経由しているが、これも国土法に基づく事前の届出を要する土地につき、無届けでなされている。

(4)訴外会社は、信和ゴルフに対する本件ゴルフ場用地の売却によって三〇億円を超える巨利を得ているが、訴外会社の右行為は、投機目的の不正手段によって本件各開発許可処分を得たうえ、同用地などを売却したものとして、国土法の精神を否定する違法なものである。

(四) 以上のように、本件各開発許可処分は不正・違法な手段・方法によって得られたもので違法であり、しかも、その違法性の程度は重大明白であるので無効でもある。

4  被告県知事への審査請求

(一) 原告は、昭和六三年一〇月三日に至って、瑞浪市長からの回答書により、本件土地開発許可処分がなされたことを知った。

(二) 原告は、昭和六三年一一月二八日被告県知事へ本件土地開発許可処分に対する審査請求書を提出した。県側はこれを受理する旨原告に告げたにもかかわらず、被告県知事は、平成元年五月一六日付けで、「本件許可処分の取消を求められた審査庁にあたらないので、不適法として却下する。」との裁決をした。

(三) しかし、右裁決は、行政不服審査法一六条に規定する口頭による真意の聞き取りをしなかった点、同法五七条二項に定める教示をしなかった点、同法二一条の適正な補正を命じなかった点、同法一七条一項、二項で定める処分庁経由の審査請求送付手続きを行わなかった点において違法である。

5  被告審査会への審査請求

(一) 原告は、平成元年六月一二日付けで被告審査会へ本件土地開発許可処分についての審査請求書を提出した。被告審査会は、原告が被告県知事の裁決書を受け取った同年五月一七日の時点で、審査庁が被告審査会であることが原告に判明していたとして、「やむを得ない理由」が止んだと解し、同年九月二八日付けで、「止むを得ない理由がやんでから七日以上経過した期間徒過による不適法により却下する。」との裁決した。

(二) しかし、原告は、被告県知事の裁決書を受け取った同年五月一七日の翌日から起算して五日目の同月二二日、被告県知事に対し、被告審査会会長宛に審査請求書を送付するように依頼し、教示を求めたが断られ、被告審査会に対しても、被告県知事の裁決書と「審査請求書の送達に関する件」と題する書面を提出し、被告審査会は同月二三日右書面を受け取った。しかるに、被告審査会は、岐阜県に付随する機関として、行政不服審査法五七条二項の教示義務があるのにこれを無視した。

また、行政不服審査法一四条一項の「やむをえない理由」とは、天災その他急病などこれに準ずる不測の事態を意味しているところ、原告による審査請求の期聞徒過はこれには該当せず、むしろ、同法三項にいう「正当な理由」があるときに当たる。

さらに、被告審査会は、原告からの再度の審尋開催を求めた書面を無視するなど、原告の主張を軽視するような不公平な対応をし、当初から「やむを得ない事由」がやんでから後の期間徒過による却下を意図していたものと思われる。

(三) 以上のように、被告審査会が本件土地開発行為許可処分についてした裁決は違法なものである。したがって、右処分の取消を求める本件訴えは、被告審査会が誤って審査請求却下の裁決をした場合に当たるから、審査請求前置の要件を満たしている。

6  被告大臣への再審査請求

(一) 原告は、平成元年一〇月二七日被告大臣へ再審査請求書を提出したが、被告大臣は、平成二年五月八日被告審査会の裁決と同旨の期間徒過を理由として棄却の裁決をした。

(二) しかし、原告は、前述の「審査請求書の送達に関する件」と題する書面なども資料として添付して被告審査会の裁決の違法性を指摘したにもかかわらず、被告大臣はこれを無視し、また、原告の審尋の要求も無視して裁決をなしたもので、被告大臣の右裁決の手続きには原告らの不服審査請求権を蔑ろにした違法がある。

7  よって、被告県知事が行った本件各開発許可処分はいずれも違法であり、さらに本件土地開発許可処分に関して各被告がした裁決も違法であるから、いずれも取り消されるべきである。また本件各開発許可処分の違法性は、いずれも重大明白であるから、予備的に無効確認を求める。

二  被告らの本案前の主張

〔被告ら三名〕

1 訴えの利益を喪失している。

(一) 訴外会社は、平成二年八月ころ本件ゴルフ場の開発工事を完了し、同日一六日被告県知事に都市計画法三六条一項の完了届を提出した。被告県知事は、同月二〇日同開発工事の完了検査をなし、同月二二日同条二項の検査済証を訴外会社に交付し、同年九月四日同条三項による完了公告をなし、本件ゴルフ場は現在ゴルフ場として利用されている状態にある。

(二) 都市計画法に基づく開発許可は、当該開発工事の内容が関係法規に適合していることを公権的に判断する行為であって、それを受けなければ当該開発行為に関する工事を行うことができないという法的効果が付与されているものである。したがって、許可処分を受けなければ工事を行うことができないとの法的効果は、工事が完了することによって消滅する。

さらに、同法八一条において、建設大臣ないし知事は、同法または同法に基づく命令に違反した者に対し、開発許可の取消・変更工事の停止・建築物の除去等の違反是正命令を発することができると定められていることよりみて、当該開発工事がすでに完了し、検査済証が交付された後でも違反是正命令を発することができ、開発許可の存在はその法的障害とはならず、また、たとえ判決により同法に基づく開発許可処分が取り消されたとしても、違反是正命令を発すべき法的拘束力を生ずるものでもない。

したがって、工事が完了し、検査済証が交付されている現段階では、原告に、本件土地開発許可処分の取消を求める訴えの利益はなく、同様に本件土地開発許可処分の無効確認を求める訴えの利益もない。

(三) 森林法一〇条の二の規定する林地開発許可処分も、あらかじめ申請にかかる開発行為が同条所定の要件に適合しているかを公権的に判断する行為であって、それを受けなければ当該開発行為に関する工事を行うことができないという法的効果が付与されているものである。したがって、許可処分を受けなければ工事を行うことができないとの法的効果は、工事が完了することによって消滅する。

さらに、同法一〇条の三において、知事は森林の有する公益的機能を維持するために必要があると認めるときは、前条一項の規定に違反した者等に対し、その開発行為の中止・復旧に必要な行為を命ずる監督処分をなすことができると定められていることよりみて、開発許可の存在は監督処分を発するうえで法的障害とはならず、また、たとえ判決により同法に基づく林地開発許可処分が取り消されたとしても、監督処分を発すべき法的拘束力を生ずるものでもない。

したがって、工事が完了した現段階では、原告に、本件林地開発許可処分の取消、無効確認を求める訴えの利益がないことは、都市計画法に基づく開発許可処分の場合と異なるところはない。

(四) 原処分取消の訴えの利益が喪失した場合には、右処分に関する裁決の取消を求める訴えの利益も失われたというべきである。本件においても、原処分である本件土地開発許可処分取消の訴えの利益が工事完了により失われた以上、原告に、右処分につき各被告がした裁決の取消を求める訴えの利益はない。

〔被告県知事及び被告大臣〕

2 原告適格を欠いている。

(一) 行政事件訴訟法九条は取消訴訟の原告適格につき、当該処分又は裁決の取消しを求めるにつき法律上の利益を有する者に限るとしている。ここにいう法律上の利益を有する者とは、当該処分等により自己の権利もしくは法律上保護された利益を侵害された者、または必然的に侵害されるおそれのある者をいい、法律上保護された利益とは、行政法規が私人等権利主体の個人的利益を保護することを目的として、行政権の行使に制約を課していることにより保障されている利益であって、行政法規が他の目的、特に公益の実現を目的として行政権の行使に制約を課している結果、たまたま一定の者が受けることとなる反射的利益とは区別されるべきである。

(二) 都市計画法は、都市の健全な発展と秩序ある整備を図り、もって国土の均衡ある発展と公共の福祉の増進に寄与することを目的とし(同法一条)、同法による開発許可制度は公共の利益の実現のための制度である。また、同法、同法施行令及び施行規則をみても、環境基準に関する具体的な規定はなく、同法三三条においても、保全されるべき環境の具体的な内容については明確に規定しておらず、同条の各規定は、良好な市街化区域の形成という公益を達成するために、開発行為がその内容として具備すべき基準を定めたものである。

したがって、都市計画法は、開発区域の周辺地域に居住する住民の個別具体的な法律上の利益を保護するものではない。さらに、原告の主張する農薬については、都市計画法による開発許可の判断の対象となっていない。

(三) 森林法は、森林の保続培養と森林生産力の増加を図り、もって国土の保全と国民経済の発展に資することを目的とし(同法一条)、個人の権利を直接保護することを目的としていない。

そして、森林法一〇条の二は、保安林以外の森林について、災害の防止・水の確保・環境の保全等森林の現に有する公益的機能を阻害しない範囲で開発行為を許可するとしていて、同条の許可制度も森林の公益機能の確保を図るという個々人の個別的利益を越えた抽象的・一般的な公益保護を目的としている。このことは、保安林制度では、同法二七条一項、三二条のように公益と並んで個別的利益を保護する規定が存在するのに対し、右の開発許可制度にはそのような個別的利益保護の規定が置かれていないことからも明らかである。

(四) よって、原告には、本件各開発許可処分の取消、無効確認を求める原告適格、及び本件土地開発許可処分につき被告県知事、同大臣のした各裁決の取消を求める原告適格はない。

〔被告県知事〕

3 その他の訴訟要件を欠いている。

(一) 審査請求を経ていない。

原告は、本件土地開発許可処分について、被告審査会に対し審査請求をしたものの、平成元年九月二八日不適法として却下されているから、本件土地開発許可処分取消及び無効確認の訴えは、審査請求前置の要件を満たしてなく、不適法である。

(二) 出訴期間を徒過している。

取消訴訟は、処分があったことを知った日から三か月以内に提起する必要があり、処分の日から一年を経過した時は、原則として提起することができないとされているところ、本件林地開発許可処分の取消訴訟は、右処分の日から六年以上経過した平成五年一一月八日に提起されているから、不適法である。

三  本案前の主張に対する原告の認否及び反論

1  1項のうち、被告らの主張のとおり本件ゴルフ場の開発工事が完了し、工事の完了検査の終了、検査済証の発行、完了公告がなされたことは認め、その余は争う。

(一) 本件土地開発許可処分取消の訴えは、平成二年八月二日提起されたものであり、その後に生じた事情によって取消請求の効力は失われない。

また、被告らの主張のように解すると、一定期間があればゴルフ場が造成されるのは当然であるから、ゴルフ場の開発許可処分の取消を訴え、右処分によって侵害された権利の回復を図ることは不可能となる。

(二) 本件各訴えは、ゴルフ場開発という環境破壊にかかわる紛争であり、都市計画法や森林法に係る違法以外に、被告県知事及び瑞浪市長らの職権濫用に該当する不当行為も違法性の基礎とする。したがって、開発行為に関する工事が完了したとしても、その他に取消を求めるに値する利益が存在するから、工事完了をもって取消を求める法律上の利益がないとはいえない。

(三) 違反是正命令の発令は、建設大臣ないし県知事の裁量に委ねられているとはいえ、裁量の範囲にも一定の限界があり、本件土地開発許可処分による原告の権利侵害が存在する以上、これを無視した裁量が認められるわけではない。したがって、許可処分取消の判決が違反是正命令を発令させる法的拘束力がないとの主張は失当である。

森林法に基づく監督処分に関しても同様である。

(四) 行政事件訴訟法一〇条二項は、「裁決の取消しの訴えにおいては、処分の違法を理由として取消しを求めることができない。」としており、判断の対象は裁決の主体・手続等の形式に関する違法のみに制限されている。したがって、本件土地開発許可処分取消請求に関する実体である「ゴルフ場の完成」は、裁決の取消の判断には関係しない。

2  2項は争う。

(一) 本件各開発許可処分の取消の利益は、本件ゴルフ場の使用する農薬等による人命損傷の危惧から逃れる利益、憲法二五条で保障されている利益であり、反射的利益ではない。

(二) 法律上保護されている利益には、行政法規が個人の権利利益を保護することを目的として行政権の行使に制約を課していることにより保障されている権利利益も該当するが、ここにいう行政権の行使の制約とは、直接明文の規定がなくとも、法律の合理的解釈により当然に導かれる制約も含む。さらに、当該行政法規が不特定多数の具体的利益をそれが帰属する個々人の個別的利益としても保護する趣旨を含むか否かは、当該行政法規及びそれと目的を共通する関連法規の関連規定によって形成される法体系の中において、当該処分の根拠規定が、右処分を通じて個々人の個別的利益をも保護すべきものとして位置づけられているとみることができるかによって決すべきである。

そこで、都市計画法の各規定について検討すると、同法二条(基本理念)、五条(区域指定)、九条(地域指定)一項ないし六項及び九項、一三条(計画基準)一項一、二号及び二項、三三条(開発許可基準)一項二、三号及び六号ないし一〇号、三四条一項一号、四三条一項六号、五九条(都市計画事業施工者)六項、六〇条の三(損失補償)第一項、六六条(事業の周知措置)、六八条(土地買収請求)一項、七四条(生活再建のための措置)に環境の保全・周辺住民の生活保護などが規定されており、さらに同法に基づく施行については、付近住民への説明・意見聴取・協力を求め、損失補償・生活基礎消失者への生活再建実施の斡旋措置等を義務付ける規定がある。特に同法二条の基本理念、一三条の都市計画基準では、「健康で文化的な都市生活」と住民の生活保護を理念とする文言が用いられており、こうした諸規定を勘案すると、同法三三条は、開発地域住民の財産権・生命・健康・安全等の個別的利益を保護した規定であることは明らかである。

また、森林法施行規則八条の二、林野庁長官の通達では、前述のとおり、同法一〇条の二の開発許可を受けようとする者に対し、申請書に開発行為を行おうとする森林周辺の人家または公共施設の位置を明確に記載することが義務付けられ、周辺地域住民の生活環境の保護が図られている。さらに、林野庁(農林事務次官)からの通達では、同法の開発行為の要件として、「周辺地域の住民の生活及び産業活動に相当の悪影響を及ぼすことのないように適切な配慮がなされていることが明らかであること」との定めがある。

したがって、森林法一〇条の二も、周辺地域住民の個別的利益を保護する規定であることは明らかである。

(三) 原告の住居は本件ゴルフ場の施設(堰堤)から二〇〇メートルの至近距離であり、前述のように、西方ないし南西方向から吹く風向きによって年間を通じて本件ゴルフ場の使用する農薬が飛来する位置にあり、現実に原告居住地では、本件ゴルフ場で使用している農薬によるものと思われる悪臭を感じることがある。

さらに、原告は、本件ゴルフ場開発の以前から住居地において無農薬を基本とした野菜の栽培事業に取り組んでいたが、本件ゴルフ場開発によって右事業の遂行を断念せざるを得なくなった。

したがって、原告は、都市計画法、森林法が保護の対象としている周辺地域住民に該当することは明らかであり、法律上保護される利益を有する。

3  3項(一)は争う。

前述のように、裁決庁である被告審査会が誤って審査請求却下の裁決をしたのであるから、審査請求前置の要件は満たされている。

4  3項(二)は争う。

出訴期間経過後に提起された処分取消の訴えでも、出訴期間内に提起された取消の訴えと訴訟物に同一性が認められる場合、または取消対象となる処分が一連の手続きを構成する処分である場合は、出訴期間内に訴えが提起されたものとして容認されるべきである。

四  請求原因に対する被告らの認否

〔被告県知事〕

1 1項は知らない。

2 2項は認める。

3 3項(一)のうち、「土地取引等における事前指導要綱」と「土地開発事業の適正化に関する指導要綱」があること、森林法施行規則及び通達に申請書に添付する図面等の規定があること、訴外会社が提出した事業計画概要書のうち「開発区域の外周部から近辺の集落までの距離」の記載欄に、外周部から二五〇〇ないし三五〇〇メートル離れた三集落の記載があること、二〇〇ないし五〇〇メートル以内に二集落が存在するところ、前記記載欄に右各集落の記載のないことは認め、その余は争う。

4 3項(二)は争う。

5 3項(三)(1)のうち、訴外会社が昭和六二年四月一四日被告県知事宛に開発行為許可申請書を提出し、同年八月一八日県より右申請書を訂正整備のうえ再提出するよう指示を受け、同年一〇月二日右指示に対する回答書を県に提出していることは認め、その余は知らない。

3項(三)(2)のうち、仲ケ平の土地につき昭和六三年五月七日付けで瑞浪市から訴外会社に所有権移転登記が経由されていることは認め、その余は知らない。

3項(三)(3)のうち、主張にかかる所有権移転登記と根抵当権設定登記がそれぞれ経由されていることは認め、その余は否認する。

本件ゴルフ場開発予定地については、昭和六一年一二月九日国土法による土地売買等の届出書が提出され、翌六二年一月一六日不勧告通知がなされている。

3項(三)(4)は争う。

6 4項(一)は知らない。

4項(二)のうち、原告が昭和六三年一一月二八日被告県知事宛に審査請求書を提出し、被告県知事が平成元年五月一六日付けで却下の裁決をしたことは認め、その余は争う。

4項(三)は争う。

行政不服審査法一七条一項は、宛先が審査会となっている請求書を処分庁である県知事に提出した場合の規定であるところ、原告の提出した審査請求書の宛先は県知事宛とされていたから、処分庁経由の審査請求に該当しない。また、原告は教示を求めてなく、教示義務は発生しない。さらに、同法二一条の補正は宛先についてはなされないものである。

7 5項(一)は認める。

8 5項(二)のうち、被告県知事が教示しなかったことは認め、その余は争う。

〔被告審査会〕

1 2項は認める。

2 4項(一)のうち、被告県知事が本件土地開発許可処分をしたことは認め、その余は知らない。

4項(二)のうち、原告が主張のとおり被告県知事に審査請求書を提出したが、却下されたことは認め、その余は争う。

3 5項(一)は認める。

5項(二)のうち、被告審査会が「審査請求書の送達に関する件」と題する書面を受理し、これに回答していないことは認め、その余は争う。

被告審査会は処分庁でないから教示義務はない。仮に、教示義務のけ怠があったとしても、それによって審査請求期間の進行は妨げられない。また、原告の主張するように行政不服審査法一四条一項の「やむをえない理由」に該当しないとすると、期間徒過は明白であり、却下の裁決は免れない。

〔被告大臣〕

1 2項は認める。

2 4項(一)は認める。

4項(二)のうち、原告が昭和六三年一一月二八日被告県知事に審査請求書を提出したが、却下の裁決を受けたことは認め、その余は争う。

3 5項(一)のうち、原告が平成元年六月一二日被告審査会に審査請求したことは認め、その余は知らない。

5項(二)は争う。

原告が期間を徒過したことは明らかである。被告審査会に教示義務はない。仮に、教示義務のけ怠があったとしても、それによって審査請求期間の進行は妨げられない。

4 6項(一)は認める。

6項(二)のうち、原告を審尋しなかったことは認め、その余は争う。

原告が被告大臣に対し審尋を求めた事実はなく、また、期間徒過も明らかであり、審尋する必要はなかった。

第三  証拠関係は、本件訴訟記録中の書証目録及び証人等目録の記載を引用する。

理由

第一  被告らの本案前の主張のうち、(1)被告県知事が、本件ゴルフ場用地の開発工事に関し、本件土地開発許可処分及び本件林地開発許可処分を行った事実、(2)平成二年八月ころ本件ゴルフ場の開発工事が完了し、訴外会社が同月一六日被告県知事に都市計画法附則五項(同法三六条一項)の完了届を提出し、被告県知事が、同月二〇日開発工事の完了検査をなし、同月二二日訴外会社に対し、右工事が同法附則四項の規定による開発許可の内容に適合していることを証する検査済証を交付した事実は全当事者間に争いがない。

第二  〔原告と被告県知事〕

一  第一の争いの事実を前提に、まず本件各開発許可処分の取消及び無効確認を求める訴えの利益の存否について検討する。

1  都市計画法は、市街化区域又は市街化調整区域内において開発行為をしようとする者は、あらかじめ、建設省令で定めるところにより、都道府県知事の許可(以下「開発許可処分」という。)を受けなければならない(二九条)と規定している(なお、市街化区域及び市街化調整区域に関する都市計画が定められていない都市計画区域については、同法附則四項が右旨を規定し、同法附則五項が右許可に関連する同法の規定を準用しているので、同法附則四項による許可処分が問題になっている本件訴えにおいても、同法附則五項が準用している範囲内では、市街化区域又は市街化調整区域内における開発行為に対する規定内容と同様に解すべきであるから、以下の検討にあたっては同法附則による準用を省略する。)。右許可申請に当たっては、同法三〇条(三一条)に定める事項を記載した申請書を知事に提出したうえ、知事が、右申請に係る開発行為が同法三三条所定の要件に適合しているか否かを検査し、適合していると認めたときは開発行為を許可することとなるが(三三条一項)、右許可を得ずに開発行為を行った者は処罰される(附則六項)。

このような規定に照らすと、同法二九条に基づく開発許可処分は、あらかじめ申請に係る開発行為が同法三三条所定の要件に適合しているか否かを公権的に判断する行為であって、これを受けなければ適法に開発行為を行うことができないという法的効果を有するものであるが、許可に係る開発行為に関する工事が完了したときは、開発許可処分の有する右の法的効果は消滅するものというべきである。

そして、同法八一条一項一号は、建設大臣または知事は、この法律若しくはこの法律に基づく命令の規定もしくはこれらの規定に基づく処分に違反した者に対して、違反を是正するため必要な措置を取ることを命ずることができる(以下、「違反是正命令」という。)と定めており、同法二九ないし三一条及び三三条の各規定に基づく開発行為に関する規制の趣旨・目的に照らすと、同法は、三三条所定の要件に適合する場合に限って開発行為を許容しているものと解するのが相当であるから、客観的にみて同法三三条所定の要件に適合しない開発行為について誤って開発許可処分がされ、右開発行為に関する工事がなされたときには、右工事を行った者は、同法八一条一項一号所定の「この法律に違反した者」に該当するというべきである。したがって、建設大臣または知事は、右のような工事を行った者に対し、同号に基づき違反是正命令を発することができるから、開発許可処分の存在は、違反是正命令を発するにあたって法的障害となるものではなく、また、たとえ開発許可処分が違法であるとして判決で取り消されたとしても、違反是正命令を発すべき法的拘束力を生ずるものでもない。

そうすると、開発許可処分の対象となった開発行為に関する工事が完了し、検査済証の交付もされた後には、右処分を受けなければ適法に開発行為を行うことができないという右処分のもつ本来の効果は既に消滅していて、他にその取消を求める法律上の利益を基礎付ける理由も存しないから、同法に基づく開発許可処分の取消を求める訴えは、その利益を欠くに至るものといわざるを得ない。

この理は、同法に基づく開発許可処分の無効確認を求める場合でも同様である。

2 森林法は、地域森林計画の対象となっている民有林において開発行為をしようとする者は、省令で定める手続に従い、一定の場合を除き、都道府県知事の許可(以下「林地開発許可処分」という。)を受けなければならない(一〇条の二第一項)と規定している。右許可申請があった場合には、知事は、同条二項所定の要件に適合しているか否かを検査し、適合していると認めたときは開発行為を許可することとなるが、右許可を得ずに開発行為を行った者は処罰される(二〇六条)。

このような規定に照らすと、同法一〇条の二に基づく林地開発許可処分は、都市計画法にいう開発許可処分と同様に、あらかじめ申請に係る開発行為が森林法一〇条の二第二項所定の要件に適合しているか否かを公権的に判断する行為であって、これを受けなければ適法に開発行為を行うことができないという法的効果を有するものであるが、許可に係る開発行為に関する工事が完了したときは、林地開発許可処分の有する右の法的効果は消滅するものというべきである。

そして、同法一〇条の三は、知事は、森林の有する公益的機能を維持するために必要があると認めるときは、同法一〇条の二第一項の規定に違反した者もしくは同項の許可に附した同条四項の条件に違反して開発行為をした者又は偽りその他の不正な手段により同条一項の許可を受けて開発行為をした者に対し、その開発行為の中止を命じ、又は期間を定めて復旧に必要な行為をすべき旨を命じることができる(以下「監督処分」という。)と規定しており、同法の林地開発行為に関する規制の趣旨・目的に照らすと、同法は、一定の場合を除き、同法一〇条の二第二項所定の要件に適合する場合に限って開発行為を許容しているものと解するのが相当であるから、客観的にみて同項所定の要件に適合しない開発行為について誤って林地開発許可処分がされ、右行為に関する工事がなされたときには、右工事を行った者は、同法一〇条の三所定の「前条第一項の規定に違反した者」に該当するというべきである。したがって、知事は、右のような工事を行った者に対して、同法一〇条の三に基づき監督処分を行うことができるから、林地開発許可処分の存在は、監督処分を行うにあたって法的障害となるものではなく、また、たとえ林地開発許可処分が違法であるとして、判決で取り消されたとしても、監督処分を行うべき法的拘束力を生ずるものでもない。

そうすると、林地開発許可処分の対象となった開発行為に関する工事が完了した後には、右処分を受けなければ適法に開発行為を行うことができないという右処分のもつ本来の効果は既に消滅していて、他にその取消を求める法律上の利益を基礎付ける理由も存しないから、同法に基づく林地開発許可処分の取消を求める訴えは、その利益を欠くに至るものといわざるを得ない。

この理は、同法に基づく林地開発許可処分の無効確認を求める場合でも同様である。

3  したがって、第一に判示のとおり本件各開発許可処分に係る工事が既に完了し、検査済証までも交付されている以上、原告が右各処分の取消を求める訴えの利益及び無効確認を求める訴えの利益は、いずれも失われたというべきである。

なお、原告は、本件訴えは都市計画法、森林法に係る違法に加えて被告県知事、瑞浪市長の不正行為も違法性の基礎とするから、本件では工事完了をもってしてもさらに取消を求める訴えの利益があると主張する。しかし、本件各開発許可処分の取消及び無効確認の訴えは、開発行為を適法に行うことができるという法的効果を付与する本件各開発許可処分を取り消すことによって、開発行為を適法に行うことができないという状態を作出することに最終的な目的があり、その前提となる被告県知事、瑞浪市長の行為の違法性を確認すること、あるいはゴルフ場開発一般の問題点を確認することを目的にするものではないから、原告の右主張は採用できない。

二  原告が昭和六三年一一月二八日被告県知事に対し本件土地開発許可処分に関する審査請求書を提出し、被告県知事が平成元年五月一六日付けで右審査請求を却下したことは当事者間に争いがない。原告は、被告県知事が右請求を却下した裁決の取消を求めているが、本件土地開発許可処分の取消を求める訴えの利益が失われた以上、右裁決の取消を求める訴えの利益も同様に失われたと解すべきである。即ち、被告県知事に対する右裁決の取消を求める訴えも、結局のところその審査対象である本件土地開発許可処分の取消を目的とするものであるから、右許可処分に係る工事が完了した以上、右裁決の取消を求める訴えの利益も失われたというべきである。

第三  〔原告と被告審査会〕

原告が平成元年六月一二日被告審査会に本件土地開発許可処分に関する審査請求書を提出し、被告審査会が同年九月二八日付けで右審査請求を却下したことは当事者間に争いがない。

しかしながら、前記第二の二に判示のとおり、本件土地開発許可処分に係る工事が完了し、原告が右許可処分の取消を求める訴えの利益を喪失した以上、被告審査会が右許可処分に関してした裁決の取消を求める訴えの利益も失われたというべきである。

第四  〔原告と被告大臣〕

原告が平成元年一〇月二七日被告大臣に本件土地開発許可処分に関する再審査請求書を提出し、被告大臣が平成二年五月八日付けで右再審査請求を棄却したことは当事者間に争いがない。

しかしながら、前記第二の二に判示のとおり、本件土地開発許可処分に係る工事が完了し、原告が右許可処分の取消を求める訴えの利益を喪失した以上、被告大臣が原告の再審査請求に対してした裁決の取消を求める訴えの利益も失われたというべきである。

第五  結論

以上の次第で、原告の被告らに対する本件各訴えは、その余の点につき判断するまでもなく、いずれも訴えの利益を欠いているから、これを却下することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官谷口伸夫 裁判官水谷正俊 裁判官小濱樹子)

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